沿革

1912年~1944年 創業の時代~発展への布石

1912年(大正元年)10月、当時国民病であった脚気や結核を、滋養と体力向上で予防したいという思いで石井絹治郎が「大正製薬所」を創業。滋養強壮剤「体素」、小児風邪薬「女神」、小児胃腸薬「児強剤」、鎮咳去痰薬「パブロン」、栄養剤「ネオネオギー」など、続々と大衆薬を世に送り出しました。

1928年(昭和3年)に商号を改め株式会社大正製薬所を設立。1929年(昭和4年)には大阪支店を開設し、支店長・上原正吉の指揮のもと関西地区への販売も本格化しました。またこの時期に、「特約株主制度」など独自の営業形態の導入、本社の移転、工場の増設など、その後の発展への礎を築きました。

1943年(昭和18年)、創業者石井絹治郎の死去により、東京帝国大学研究室在籍時に南京総司令官付士官として応召されていた長男・石井輝司が社長に就任。応召中の立場であったため、専務・上原正吉が実質上経営を任されていました。

[1912年(大正元年)10月]<大正製薬所>創業 1912年(大正元年)10月
<大正製薬所>創業

[1927年(昭和2年)]鎮咳去痰薬<パブロン>発売 1927年(昭和2年)
鎮咳去痰薬<パブロン>発売

1928年(昭和3年)5月
商号を<株式会社大正製薬所>として、
東京都文京区に設立

[1929年(昭和4年)11月]大阪支店を開設 1929年(昭和4年)11月
大阪支店を開設

1943年(昭和18年)6月
社長・石井絹治郎の死去にともない、
石井輝司が社長に就任

1943年(昭和18年)7月
本社を東京都豊島区に移転

1945年~1960年 戦後の新スタート~大型製品の発売と販売網の拡大

第二次世界大戦で一面焦土と化した東京・大阪でしたが、本社・工場・大阪支社は奇跡的に戦火を逃れました。いち早く日本の社会・経済に貢献するため、大衆薬メーカーとして最善の努力をすることで、戦後の再建に取り組みました。

1946年(昭和21年)、戦地より帰国した第2代社長石井輝司が学究生活を継続することとなったために社長を退任し、実質的に経営を担っていた専務・上原正吉が株主の大部分を占める特約株主の支持のもと、社長に就任しました。1948年(昭和23年)には商号を現在の「大正製薬株式会社」へと改称しました。

戦後復興を目指し、直販組織の強化に取り組みながら、工場の増設とベルトコンベア導入など新技術の導入で生産性向上をはかり続々と新製品を提供。総合感冒薬「パブロンA」に続き、皮膚病薬「ダマリン」、目薬「アイリス」、鎮痛剤「ナロン」などが誕生しました。1957年(昭和32年)、医療用医薬品の販売を開始し事業領域の拡大も果たしました。

また1955年(昭和30年)には登録商標として「ワシのマーク」を制定。広告にも登場し、テレビCM開始とも相まってその後広く親しまれるようになります。

1946年(昭和21年)6月
専務・上原正吉が、社長に就任

1948年(昭和23年)5月
商号を<大正製薬株式会社>と改称

1953年(昭和28年)6月
皮膚病薬<ダマリン>発売

[1955年(昭和30年)7月]<ワシのマーク>を制定 1955年(昭和30年)7月
<ワシのマーク>を制定

1957年(昭和32年)9月
目薬<アイリス>発売

[1957年(昭和32年)10月]初の医療用医薬品乾癬治療薬<ソリオン>発売 1957年(昭和32年)10月
初の医療用医薬品
乾癬治療薬<ソリオン>発売

[1960年(昭和35年)10月]鎮痛剤<ナロン>発売 1960年(昭和35年)10月
鎮痛剤<ナロン>発売

1961年~1972年 事業の拡大~ドリンク剤躍進と株式公開

「健やかな生活を保つために、いつでも誰でも気軽に飲める疲労回復剤を開発したい」という想いで1962年(昭和37年)の「リポビタンD」が誕生しました。当時巨人軍の新人であった王貞治選手を広告に起用、「ファイトで行こう!リポビタンD」というキャッチフレーズとともにお茶の間の人気を博しました。1963年(昭和38年)には東京証券取引所市場第2部に上場、1966年(昭和41年)には東京証券取引所市場第1部に指定されました。

また1963年(昭和38年)、大宮工場の建設を開始。人々の健康に関わる製薬会社にふさわしい、緑豊かな環境、生産性、モノの流れの調和が図られた近代的な生産拠点となりました。

生産・研究・経営基盤がさらに強化されるなか、一般用医薬品のさらなる充実、雑貨・食品の新発売、医療用医薬品の取り扱いも拡大し、1967年(昭和42年)には当社初の整形外科領域の製品となる消炎・鎮痛剤「オパイリン錠」を発売しました。

[1962年(昭和37年)3月]ドリンク剤<リポビタンD>発売 1962年(昭和37年)3月
ドリンク剤<リポビタンD>発売

[1963年(昭和38年)1月]大宮工場を建設 1963年(昭和38年)1月
大宮工場を建設

1963年(昭和38年)9月
東京証券取引所市場第2部に上場

1966年(昭和41年)8月
東京証券取引所市場第1部に指定

[1967年(昭和42年)8月]消炎鎮痛剤<オパイリン錠>発売 1967年(昭和42年)8月
消炎鎮痛剤
<オパイリン錠>発売

1973年~1981年 研究開発力の強化

1973年(昭和48年)、副社長・上原昭二が社長に就任。
医薬品製造承認基準の遵守や、医療用医薬品分野での確固たる基盤確立、国際競争力の強化のため、大宮工場敷地内に「総合研究所」を開設。研究領域を拡大し、バイオテクノロジー分野の研究をスタートしました。この時期には「大正漢方胃腸薬」など新たな一般用医薬品の発売、家庭用雑貨、食品分野のさらなる充実、医療用医薬品など、提供する製品がますます多様化しました。

また石油危機などによる経済不況を打破するため、販売政策・制度の構築と全国支店網の展開に取り組み、名古屋、福岡支店の新設、大阪支店の新築移転の後、1977年(昭和52年)、本社新社屋が落成しました。

1973年(昭和48年)5月
副社長・上原昭二が、社長に就任

[1974年(昭和49年)7月]大宮工場敷地内に、<総合研究所>を建設 1974年(昭和49年)7月
大宮工場敷地内に、
<総合研究所>を建設

[1977年(昭和52年)5月]本社、新社屋へ移転 1977年(昭和52年)5月
本社、新社屋へ移転

1978年(昭和53年)6月
<株主特約店制度>発足

[1978年(昭和53年)8月]胃腸薬<大正漢方胃腸薬>発売 1978年(昭和53年)8月
胃腸薬<大正漢方胃腸薬>発売

1982年~1991年 国際化と総合化への布石

1982年(昭和57年)、副社長・上原明が社長に就任。新経営陣でスタートを切りました。
この時期から、以前より進めていた海外取引が拡大していきました。医療用医薬品の一層の拡充を目的としてフランスの製薬会社「サノフィ社」と合弁会社を設立。また当社初の海外法人として1983年(昭和58年)に「香港大正製薬(力保健)有限公司」、続いて台湾の現地法人の「台湾大正製薬股有限公司」の設立など、 国際提携と海外進出を推し進めました。

また当時、食生活の乱れによる体調不全などが社会問題となっていた状況をふまえ、栄養素食品「ビオディナ」など健康食品分野への参入も果たしました。さらに研究開発部門を充実させ、胃潰瘍治療薬「ソロン」、抗生物質「クラリス錠」など医療用医薬品も続々と誕生しました。
1985年(昭和60年)には日本の生命科学研究発展のために「上原記念生命科学財団」を設立、生命科学の研究分野に対する助成などを開始しました。

1982年(昭和57年)6月
社長・上原昭二が、会長に就任
副社長・上原明が、社長に就任

1983年(昭和58年)3月
名誉会長・上原正吉、死去

1983年(昭和58年)9月
合弁会社<大正サノフィ製薬株式会社>設立
<香港大正製薬(力保健)有限公司>設立

1983年(昭和58年)10月
栄養素食品<ビオディナ>シリーズ発売

[1984年(昭和59年)3月]胃潰瘍治療薬<ソロン>発売 1984年(昭和59年)3月
胃潰瘍治療薬<ソロン>発売

1984年(昭和59年)6月
<台湾大正製薬股份有限公司>設立

1985年(昭和60年)2月
財団法人<上原記念生命科学財団>設立

1985年(昭和60年)3月
会長・上原昭二が
日本大衆薬工業協会初代会長に就任

1985年(昭和60年)9月
岡山工場を建設

1988年(昭和63年)4月
POSレジを通じた販売情報管理システム
<サポートVAN>構築開始

1988年(昭和63年)10月
<加州大正製薬株式会社>設立
末梢循環改善剤<パルクス注>発売

1990年(平成2年)9月
<マレーシア大正製薬株式会社>設立

1990年(平成2年)10月
再開発計画・第1期工事、
<製剤1号棟>および<共用棟>完成

[1991年(平成3年)6月]抗生物質<クラリス錠>発売 1991年(平成3年)6月
抗生物質<クラリス錠>発売

1992年~2001年 激動する事業環境への挑戦

バブル崩壊による長期的な不況に加え、国際競争の激化、異業種の参入、再販制度の撤廃、生活者ニーズの多様化など、医薬業界を取り巻く環境は、大きな課題を抱えていました。当社はその課題に対し、品質と安全性にこだわった研究開発力強化や工場の再開発、さらなる国際対応力の強化、営業体制や人事制度の再構築、分社化、ネットワーク型情報システムの構築などに取り組みました。

一般用医薬品では1992年(平成4年)にドリンク剤「ゼナ」を発売しました。また、1999年(平成11年)に日本初となった壮年性脱毛症における発毛剤「リアップ」を発売し、発売と同時に品切れになるなど爆発的な人気を博しました。このほか、規制緩和によりコンビニエンスストアなどでの「リポビタンD」の販売もはじまりました。
またアジアでの好調なドリンク剤の販売に続き、ヨーロッパ、オセアニアにも進出を果たしました。

1992年(平成4年)8月
<フィリピン大正製薬株式会社>設立

1992年(平成4年)12月
ドリンク剤<ゼナF-II><ゼナF-III>発売

1993年(平成5年)6月
<総合研究所・新研究棟>完成

1993年(平成5年)10月
再開発計画・第2期工事、
<原材料自動倉庫>および<厚生棟>完成

1995年(平成7年)1月
<インドネシア大正製薬株式会社>設立

1996年(平成8年)3月
<オソサパ大正株式会社>設立

1996年(平成8年)8月
名誉会長・上原小枝、死去

[1997年(平成9年)9月]再開発計画・第3期工事、<羽生工場>完成 1997年(平成9年)7月
再開発計画・第3期工事、
<羽生工場>完成

1997年(平成9年)8月
<上海冠生園大正有限公司>設立
<大正ヒゾン株式会社>設立

1998年(平成10年)7月
<株式会社大正製薬物流サービス>設立

1999年(平成11年)4月
規制緩和により、コンビニエンスストアなどで
<リポビタンD>の販売を開始

1999年(平成11年)6月
日本初の壮年性脱毛症における
発毛剤<リアップ>発売
社長・上原 明、
世界大衆薬協会会長に就任

1999年(平成11年)7月
再開発計画・第4期工事、
<治験薬製造センター>および<新合成棟>完成
<ベトナム大正有限会社>設立

2000年(平成12年)3月
<財団法人上原近代美術館>設立

2000年(平成12年)6月
ペースト状骨充填材<バイオペックス>発売

2000年(平成12年)7月
<大正製薬 北京オフィス>設立

2001年(平成13年)2月
非ステロイド性消炎・鎮痛剤<ロルカム錠>発売

2001年(平成13年)3月
大宮工場「ISO14001」を取得

2001年(平成13年)7月
活性型ビタミンD3製剤<ホーネル錠>発売

2001年(平成13年)8月
<大正R&D USA株式会社>設立

2002年~ 総合健康産業を目指して

米国でのサブプライムローン問題、リーマンショック等により、日本経済が世界同時不況の影響を受け景気が悪化する中、製薬業界では、大手企業によるM&Aや企業再編が活発に行われました。そのような状況の中で当社は、OTC医薬品のブランド買収、市場の伸長が著しい新領域への進出や他社との業務・資本提携を進め、セルフメディケーション事業と医薬事業の強化を図り、国内外の競争力を高めていきました。

2002年(平成14年)、鎮咳去痰薬「ヴイックス」事業を承継、2003年(平成15年)には、特定保健用食品を中心としたブランド「Livita」を立ち上げ、生活習慣病領域に対応できる製品群を中心に拡充を図りました。また、2006年(平成18年)、オンラインショップ「大正製薬ダイレクト」を開設し、通販事業にも進出しました。

2002年(平成14年)に富山化学工業と提携し、医療用医薬品の販売会社「大正富山医薬品株式会社」を設立して以降、養命酒製造、ビオフェルミン製薬、トクホンなどの企業と業務・資本提携を行い事業を強化しました。さらに海外においては、BMS社のアジアOTC医薬品事業とマレーシアのHoe製薬を買収し、アジアにおけるOTC医薬品事業の本格的な展開に着手しました。

2011年(平成23年)10月、グループ会社の体制整備と資源の効果的な配分を目指し、持株会社「大正製薬ホールディングス株式会社」を設立しました。また、創業100周年を迎えた2012年(平成24年)には、副社長・上原茂が社長に就任しました。

2002年(平成14年)3月
羽生工場「ISO14001」を取得

2002年(平成14年)5月
再開発計画・第5期工事完成
P&Gから<ヴイックス 
メディケイテッド ドロップ>事業を承継

2002年(平成14年)8月
富山化学工業と資本及び業務提携を発表

[2002年(平成14年)10月]本社2号館完成 [2002年(平成14年)10月]<大正富山医薬品株式会社>設立 2002年(平成14年)10月
本社2号館完成
<大正富山医薬品株式会社>設立

2003年(平成15年)2月
特定保健用食品に関するトータルブランド
<Livita>(リビタ)を発表

2003年(平成15年)3月
岡山工場「ISO14001」を取得

2003年(平成15年)7月
<目白不動産株式会社>設立

2003年(平成15年)10月
感冒薬<ヴイックス ヴェポラッブ>の
販売総代理店契約を締結

2004年(平成16年)3月
<リポビタンD>累計出荷本数200億本を突破
羽生工場 廃棄物ゼロ・エミッション達成

2005年(平成17年)3月
大宮工場 廃棄物ゼロ・エミッション達成
女性用発毛剤<リアップレディ>発売

2005年(平成17年)7月
タイで<パブロン><大正漢方胃腸薬>発売
養命酒製造との業務提携
および資本提携を発表

2005年(平成17年)8月
<横浜事業所>が完成

2005年(平成17年)9月
<大正アクティブヘルス株式会社>設立

2006年(平成18年)3月
通信販売専用サイト
<大正製薬ダイレクト Online Shopping>開設
スキンケアブランド<ナリッシュ<美望活彩>>発売

2006年(平成18年)4月
養命酒製造の株式を追加取得し、
当社の持分法適用関連会社となる

2006年(平成18年)5月
国内全工場 廃棄物ゼロ・エミッション達成

2006年(平成18年)7月
マレーシアで<パブロン><大正漢方胃腸薬>発売

2006年(平成18年)9月
トクホンとの新成分消炎鎮痛剤の
開発・販売について提携
中外製薬とビスホスホネート系
骨吸収抑制剤に関する共同開発・販売契約を締結

2007年(平成19年)6月
大宮工場<製剤2号棟>完成

2007年(平成19年)10月
キノロン系経口合成抗菌剤
<ジェニナック®錠200mg>発売
<福岡支店>が新築移転

2008年(平成20年)3月
伊勢丹との共同開発から生まれた
ハーブ濃縮飲料<密-hisoca->発売
ビオフェルミン製薬の株式を取得し、
当社の連結子会社となる

2008年(平成20年)5月
中外製薬と活性型ビタミンD3誘導体に
関する共同開発・販売契約の締結

2008年(平成20年)10月
β-ラクタマーゼ阻害剤配合注射用抗生物質
<ゾシン®>発売
富士フイルム、大正製薬、および富山化学による
戦略的資本・業務提携の基本合意に基づく株式譲渡

2009年(平成21年)6月
ミノキシジル5%配合の壮年性脱毛症における
発毛剤<リアップX5>発売

2009年(平成21年)10月
PT Bristol-Myers SquibbのアジアOTC医薬品会社を買収し、
アジア地域におけるOTC医薬品事業へ本格的参入
<シンガポール大正製薬株式会社>設立

2010年(平成22年)1月
ニューキノロン系経口抗菌製剤
<オゼックス®細粒小児用15%>発売

2010年(平成22年)3月
<株主特約店制度>終了

2010年(平成22年)10月
注射用ニューキノロン系抗菌製剤
<パシル®点滴静注液1000mg>発売

2011年(平成23年)4月
骨粗鬆症治療剤<エディロール®カプセル>発売

2011年(平成23年)8月
Hoepharma Holdings Sdn. Bhd.全株式の取得

2011年(平成23年)10月
<大正製薬ホールディングス株式会社>設立

2012年(平成24年)3月
ドリンク剤<リポビタンD>発売50周年

2012年(平成24年)6月
副社長・上原茂が、社長に就任

2012年(平成24年)7月
株式交換により、トクホンを完全子会社化
メキシコの製薬企業グループ(CICSA社等4社)を買収
新大阪支店竣工

[2012年(平成23年)10月]<大正製薬株式会社>創業100周年 2012年(平成24年)10月
<大正製薬株式会社>創業100周年

2013年(平成25年)4月
中性脂肪異常改善薬<エパデールT>発売

2013年(平成25年)8月
骨粗鬆症治療剤<ボンビバ®静注>発売

[2014年(平成26年)5月]<2型糖尿病治療薬ルセフィ®錠>発売 2014年(平成26年)5月
2型糖尿病治療薬<ルセフィ®錠>発売

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